二友組遺跡調査部が車塚遺跡地元説明会を行いました。

車塚遺跡地元説明会資料

調査主体 (財)愛知県教育スポーツ振興財団 愛知県埋蔵文化財センター 調査支援 株式会社二友組

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1. 調査の経緯
県道岡崎足助線道路改築工事に伴う事前調査として、愛知県建設部から愛知県教育委員会を通じて、愛知県埋蔵文化財センターが委託を受けて、発掘調査を実施しています。調査は平成21年10月から平成22年3月を予定しており、調査面積は4,430㎡です。昨年度、北に接する区域を調査しており、この事業による調査は今回で2回目になります。

2. 立地と環境
車塚遺跡は、標高40~50m、矢作川東側の天神山から伸びる丘陵末端にある舌状の台地上に立地しています。台地西側の於御所川を挟んで西側には、於御所遺跡・東郷遺跡があります。また、丘陵から台地にかけては、東塚第1号墳~3号墳・岩津第1号墳~6号墳・天神山第1号墳~9号墳・八ツ木古墳など、6世紀から7世紀の古墳が多く見つかっています。

3. 調査の概要
今回、縄文時代・弥生時代末~古墳時代初頭・古墳時代後期~古代の遺構・遺物が確認できました。縄文時代遺構は、縄文時代中期後半の土器片を包含する炉跡(1793SP)1基のみです。その他、石鏃・石匙・剥片・打欠石錘など石器も出土しています。弥生時代末~古墳時代初頭、竪穴建物跡9軒以上と方形周溝墓2基がみつかりました。建物跡は台地上の平らな部分で確認できました。床面には、焼けた部分があり、ここが炉跡と考えられます。方形周溝墓は調査区南西端の傾斜地で見つかりました。溝は方形に巡りますが、いずれも南東角部分で途切れています。溝の中からは、壷などがまとまって出土する場所がありました。古墳時代後期~古代、これまで知られていなかった古墳が2基見つかりました。いずれも円墳になると考えられますが、後世に壊されていることから、残念ながら石室のごく一部が確認できた程度です。しかし、石室からは、須恵器・鉄器・耳環などが出土しました。古墳時代から古代にかけての竪穴建物跡も見つかっています。場所によっては10軒程度重なった状態が確認できました。これらの建物跡ではカマドと考えられる焼けた土の広がりが建物跡北側にそれぞれ見つかっています。また、古代の掘立柱建物跡や柵列によるピットも多く見つかりました。掘立柱建物跡16棟確認でき、うち3棟は中央にも柱が立つ総柱型建物跡です。